末代皇帝 第九集 

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左:陳宝琛、右:溥儀

第九話「思想改革」
洋風文化に慣れ親しんだ溥儀は、ある日洋服を着ようと思い立ち、宦官に準備させる。早速スーツを着たのはいいが、洋装には似合わぬと、辮髪を切ってしまう。それを見た皇太妃らは、これはジョンストンの影響と彼を追放しようとするが、醇親王は「ジョンストンはいざというときの民国政府との交渉役になる」と、彼女らを説得する。
清朝復興のため、外国からの協力を得ようとした溥儀は、手始めに、関東大震災で打撃を受けた日本への援助物資する。溥儀は、鄭考胥から日本の皇帝(天皇)がこの援助に深く感謝していたと聞き、ますます外国との繋がりを深めようと決心する。
紫禁城に電話が引かれ、電話帳で新思想の胡適の電話番号を見つけた溥儀は早速彼に電話。そして、外国へ留学したいと胡適に相談する。
溥儀の留学の話を聞いた皇太妃らは、皇帝がいなくなっては優待遇でなくなると心配し、陳宝琛は溥儀の留学を思い留まらせようと、溥儀の結婚を提案する。その提案に乗った皇太妃らは、早速溥儀のもとへ后候補の写真を持参する。皇太妃らに后を選ぶよう執拗に言われた溥儀は、嫌々文繍と皇太妃らの推薦の強い碗容を選び出す。
1922年冬、溥儀は皇后に碗容を、皇妃(側室)に淑妃・文繍を迎えた。


やはりジョンストンは恨みを持たれたか… 皇太妃らに辮髪を切ったことを責められた溥儀ですが、ならばと彼が醇親王の帽子を取らせると、すでに辮髪を切り落としていたので笑えました。これでは溥儀に何もいえないですよね(笑) 前髪も伸びてたので、結構前に切ったようです。民国政府に言われたかららしいですが、なんつープライドのなさ…orz 根っから争うのが嫌いみたいです。
溥儀が胡適を呼んだ際、胡適に倣って口語の詩を披露したのですが、単に写実的で、だからなにが言いたいの?と思わせるような出来。一瞬どう感想を言おうか、胡適も躊躇っていたように見えました。
紫禁城に電話が引かれると、溥傑が別の部屋から溥儀の部屋へ電話。それで思いつき、あちこちにイタ電…orz 名を騙って満貫全席を注文してました。お店と騙られた人がお気の毒…
陳宝琛は解雇されたかと思いましたが、出てきたので安心しました。年取ってからの失業って、なんだか可哀想で… でもいくら清朝のためだとはいえ、私事に口を挟むのはちょっとどうかと。皇太妃らにいらん知恵を付けます。出身と写真だけで会いもせずに結婚相手を決めるなんて、当時としては当たり前なんだろうけど、不安なことです。

末代皇帝 第八集 

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中央:溥儀(陳道明)、右:ジョンストン

第八話「西洋文化」
鳩を追って城内を走り回る溥儀は、城壁から市民が自転車に乗っているを見かける。早速自転車を手に入れ練習する溥儀だったが、門の敷居がじゃまで、それを切るよう命令。「先祖の遺産」という醇親王の言葉も聞かず、切り取らせてしまう。
イギリス人教師ジョンストンに会いたくないという溥儀だったが、醇親王の「清朝復興に外国人が役立つかも」と言われ、会うことにする。外国人ながら中国茶の歴史や詩に造詣が深いジョンストンに感銘した溥儀は、彼を宮内教育係に任命する。
清朝を復興させたいと話す溥儀に、ジョンストンは「外国の力を借りればよい」という。それを聞いた溥儀は、軍閥の後ろ盾となっている外国勢力と、直接手を結ぶことを考える。
ジョンストンと過ごすようになった溥儀は、彼の影響を受け、生活に西洋文化を取り入れ始める。


20年アジアに滞在して、中国にも詳しいジョンストンはすっかり溥儀に気に入られ、宮内教育係に任命されましたが、陳先生はどうなっちゃったんでしょう? まさか首に…? ストーリーとは関係ないけど、なんだか心配になってしまいました。
宦官たちはジョンストンの言うことを聞いている溥儀を見て、「溥儀に(自分たちにとって)良からぬ入れ知恵した」とジョンストンに恨みを持っていそうです。
頣和園の石船、あれは大理石で出来てたんでしたっけ? 豪華でした。
クラシックを聞きながら、溥傑とダンスを踊る溥儀が楽しそうで、微笑ましかったです。有名な門の敷居を切らせるシーンがあったのですが、好奇心旺盛な若者を無理に城に閉じ込めてるんだから、それくらいしてやってもいいじゃないかと思ってしまいました。

末代皇帝 第七集 

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溥儀

第七話「帝国復活」
北京に到着した元帥の張勲は、その足で溥儀の元へ挨拶に向かう。そして清朝復興の準備が整ったと報告する。
張勲は、康有為に帝位復活の詔書を書かせる。重臣を前に、兵を使って半ば脅すように、共和制を廃して清朝を復興させることへの賛同を求める。
1917年7月、溥儀は清朝の皇帝の座に返り咲いた。だが10日後、早くも段祺端、馮国璋らが反乱を起こす。頼みの張勲はオランダ公使館に逃げてしまい、清朝は再び転覆した。
溥儀が皇帝としていられるのは、もはや紫禁城の中でだけだった。退屈の余り溥傑と外へ出ようとした溥儀だったが、皇太妃に外出を禁じられているからと宦官らに止められてしまう。


清朝が復興し、喜んだのもつかの間、たった10日で再び倒されるとは… 「三日天下」ならぬ「十日天下」でした…orz 今回は紫禁城を追い出されなかっただけいいのかもしれません。以前と変わらぬ暮らしぶりを見ると、年間の生活費も支給されてるようです。
お父さん(醇親王)は本当に頼りないです。馮国璋らの反乱で砲撃にあったときも、真っ先に溥儀が頼ったのは陳先生でした。
とうとう籠の鳥のようになってしまった溥儀。彼が「外に出たい」などとわがままを言う度、もうその権威が紫禁城外では通用しないことを言うに言えない張謙和の沈痛な表情がたまりません。(張謙和役の牛星麗さん、上手い!)ただただ皇帝に詫び、諦めるようお願いするしかなくて、本当に辛そうです。溥儀も解ってるけど、受け入れることができないんだろうな、と思うと可哀想でした。
今回終わりのほうで、溥儀役が、HERO-英雄-の始皇帝役やインファナル・アフェア3のシェン役でおなじみの陳道明さんに変わりました。若い!ってか美青年! 今も美中年だけど…

末代皇帝 第六集 

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中央:溥儀、右:張謙和

第六話「天無二日」
中華民国の皇帝になった袁世凱は、溥儀を親王に封じるという。一族の存亡は袁世凱に掛かっているため、その話を受けるよう皇太妃は説得するが、溥儀は「皇帝は僕だ」と聞き入れようとしない。両親も説得を試みたが失敗。皇太妃に「(皇帝を)こんなに甘やかして」となじられ、清朝の終わりを前に失意した溥儀の母親・瓜爾佳氏は、アヘンの飲んで自害する。教師の陳宝琛は、清朝再興のため、今は耐えるよう溥儀を説得する。
1916年6月、国内外から批判を集めた袁世凱は悲悶のうち病死。溥儀は紫禁城を出る必要がなくなり、生活も元に戻った。ある日溥儀は、康熙帝の誕生日が大和殿で祝われる様子を描かれた巻物を見たが、大和殿を含む三大殿が国民政府の管理下にあると知らされ、ショックで寝込んでしまう。
1917年、袁世凱を欠いた国民政府は分裂。その隙を縫い、元帥の張勲が清朝復辟に尽くすため北京へと赴いた。


溥儀の母親・瓜爾佳氏は気の毒と言う他ありません。2歳の子供を取り上げられて、その後碌に会っても居なかったのに、その子供の躾のことでなじられるとは。お母さんが必死に説得してたのに、ここでもお父さんの醇親王はまともに話せずじまい。役立たずです…orz
祖母の劉佳氏は、完全にボケてしまったようで、うわごとのように溥儀を呼び続けて可哀想でした。本を読むと、まともな性格の彼女は、西太后とはかなり仲が悪かった模様。妹の息子や溺愛していた孫を取り上げたのは、嫌がらせの意味もあったのだろうかと思ってしまいました。
共和制のはずなのに皇帝になるってどうなの?と思ったら、袁世凱は「中華帝国」にしていた模様。当然、国内外から批判の嵐です。しかしこんなところで亡くなるとは、意外と神経が太くなかったんですね。「83日の天下」ということでしたが、即位してから亡くなるまで半年はあります。どうやら3月頃に退位したようです。

末代皇帝 第五集 

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左:張謙和、中央:溥儀

第五話「臣君倫理」
中華民国に変わっても、紫禁城の中では以前と変わらぬ生活が続いていた。皇帝と崇められすっかり我が侭に育った溥儀に、張謙和ら宦官たちは手を焼き、今や溥儀を押さえられるのは乳母だけとなった。
清朝の再興を目差す隆裕皇太后は、陳宝琛に厳しく溥儀を教育するよう任せる。学友に溥傑と毓崇を向かえ、溥儀の教育が始まる。溥傑らと遊ぼうとする溥儀を、陳宝琛は「君は君らしくあるべき」と嗜める。
1915年12月、袁世凱が中華民国の皇帝に即位。溥儀らは、紫禁城を明け渡し頣和園へ移るよう言われる。隆裕皇太后は心労の余り倒れ、そのまま崩御する。


皇帝としてやっと自覚ができたところで、袁世凱からの退去命令。頼みの隆裕皇太后まで亡くなってしまいました。憎たらしいわがままガキに育った溥儀ですが、こうなると哀れです。これで醇王府に帰れればいいのですが、頣和園でまた"皇帝ごっこ"するんでしょうか。
醇親王は今回出てきませんでしたが、完全に隠居生活に?
中華民国は共和制のはずなのに、袁世凱が盛大に皇帝の即位式…ってこれでいいのかと(笑) 孫文さんは影で怒ってないでしょうか?(彼も何処に?)
今回クレジットに元皇弟溥傑さんの名前が! そういえば、溥儀から「黄色は皇帝の色だ!」と責められるシーンは実話だそうです。自分の意思じゃなくて多分親やお付の宦官に服着せられてるだけなのに、叩かれてしまった溥傑は可哀想でした。